「音楽制作を始めたい!」
そう思ってDTM機材を探し始めたあなたは今、期待と同時に情報の多さに圧倒されているかもしれません。
巷には「最強の機材はこれだ」「初心者はこれを買っておけば間違いない」という情報が溢れていて、一体どれを信じればいいのか分からない人もいるかもしれません。
音楽制作がこの先ずっと「続く」かどうかは、最初の機材選びによって大きく左右されます。
しかし、それは「最も高価で高性能な機材」を揃えるという意味ではありません。
大切なのは、今のあなたのレベルに合い、ストレスなく使いこなせ、そして何より「これを使って曲を作りたい」と思える愛着の湧く機材を、正しい優先順位で揃えていくことです。
この記事は、よくあるスペックの比較表ではありません。あなたの音楽制作が「楽しい!」と感じながら長く続いていくための「最初の機材選びの思考法」をまとめた、一枚の設計図です。
さあ、一緒にあなただけの制作環境をデザインしていきましょう。
前提:最初にお金をかけるべきは?
まず最初に、限られた予算をどう配分すべきかというお話をします。私が最も投資すべきだと考えているのはPC、次いでヘッドホンです。
なぜPCには思い切って投資すべきなのか?
音楽制作で最も大切なこと、それは「上手くやること」よりも「継続すること」です。そしてその継続を妨げる最大の敵が「ストレス」に他なりません。
スペックの低いPCを使うと、あなたの頭の中にアイデアが浮かんでも、それを形にするまでに「待ち時間」というギャップが生まれます。
- 曲を再生しようとしても、DAWが固まって数秒待たされる…
- 新しいシンセの音を鳴らしただけで、音が途切れたりノイズが入ったりする…
- DAWの起動自体が遅くて、やる気が削がれる…
この小さなストレスの積み重ねが、「今日もやるか!」という気持ちを少しずつ奪っていきます。だからこそ、最初の機材選びではPCに最も予算を割き、音楽制作に集中できる快適な環境を整えることを、私は強くおすすめします。
ノートPCの詳しい選び方については以下の記事で解説しています。もっと知りたい方はぜひご覧ください。
なぜヘッドホンは「そこそこ良い」もので良いのか?
まず、以下では日本の住宅環境ではスピーカーを鳴らすことが難しいという方が多いということを前提としています。大きな音量で気兼ねなくスピーカーを鳴らすことができるという方にはヘッドホンよりもスピーカーをおすすめします。
ということで、ヘッドホンの話になりますが、音の出口であるヘッドホンにも最高級のものを買うべきなのでしょうか?個人的には答えはNoです。ですが、リスニング用のヘッドホンではなく、モニター用のヘッドホンを購入するべきでしょう。
その理由を理解するために、もし普段使っているリスニング用のイヤホンだけで曲を作るとどうなるかを考えてみましょう。
例えば、私が普段使っているEarfun Air Pro 3というイヤホンは、音楽を楽しく聴くために低音がかなり強く出るように調整されています。もし、このイヤホンだけで音楽制作をすると、「低音は十分出ているな」と勘違いしてしまい、完成した曲は自分の体感よりもスカスカとした迫力がないサウンドになってしまうでしょう。
これを防ぐために、音に余計な色付けがされていないモニターヘッドホンが必要なのです。
「それなら高価で正確なものが良いのでは?」と思うかもしれませんが、もっと大事なことがあります。それは複数の環境で聴いてみることです。
そもそもどれだけ高価なヘッドホンであっても、1つの環境だけで音のバランスを調整するのは難しいです。なので、モニターヘッドホン、普段使いのリスニング用のイヤホン、スピーカーといった複数の環境で聞き分けることが重要です。
したがって予算が限られている場合は高価なヘッドホンは必須ではないというのが私の意見です。
ステップ1:まず心臓部となる「DAW」を決める
さて、いよいよ音楽制作の司令塔、「DAW」を選びましょう。ここでは、あなたの性格や作りたい音楽のスタイルに合う最高の相棒(DAW)探しをお手伝いします。
大前提:スマホアプリではなくPCのDAW
まず大前提として、本格的に音楽制作を続けたいなら、PC用のDAWをおすすめします。音楽業界全体がPCでの作業を基本としており、スマホアプリだけでやろうとすると、ファイルの管理や細かい編集など、後々苦労する場面が出てくるからです。
初心者のDAW選び、3つの哲学
1. 無料からでOK。でも「上位版」があるDAWを選ぶこと
Macなら最初から入っている「GarageBand」のように、無料でも素晴らしいDAWはたくさんあります。ただし、選ぶ上で一つだけ重要なのは、そのDAWに有料の上位版(たとえばGarageBandならLogic Pro)が存在するかどうかです。上達するにつれて、あなたはより多くの機能を求めて有料版に移行したくなります。その時、全く違うDAWに乗り換えると、また一から操作を覚え直さなければなりません。同じメーカーの上位版なら、操作感を保ったままスムーズにステップアップできます。
2. 「仲間」が多いDAWを選ぶ
新しいことを始めるとき、周りに同じものを使っている仲間がいると心強いですよね。DAWも同じで、利用者が多いものほど、インターネットで使い方を検索したときに出てくる情報量が圧倒的に多くなります。この「コミュニティの大きさ」という安心感は、何物にも代えがたい魅力です。
3. あなたの「タイプ」で選ぶ
上の2つを守っていただければ基本どのDAWでもできることに大差はありません。ですが、ジャンルなどによっては合う、合わないがあるので「あなたの性格や作りたい音楽のスタイルに合うか」という観点も持っておきましょう。
- タイプ1:安価でしっかりしたDAWがいい!「分かりやすさ」重視のあなたへ
- PreSonus Studio One 直感的なUIで、音楽制作の「楽しさ」に最短でたどり着ける。そんな実直さが魅力の相棒です。無料版は廃止されましたが、かなり安価なのもポイントです。私もStudio Oneからスタートしたので、出発地点としては自信を持っておすすめすることができます(今はBitwigというDAWに乗り換え気味ですが)。
- タイプ2:とにかくカッコいいビートを作りたい!「直感・スピード感」重視のあなたへ
- Ableton Live ダンスミュージックやヒップホップのように、ループを組み合わせて直感的に音楽を組み立てたいなら最高の相棒になります。アイデアをすぐ形にするスピード感は抜群です。世界全体で見るとおそらく最も多く使われているのがAbleton Liveだと思います。
- タイプ3:困った時に頼れる情報が欲しい!「安心感」重視のあなたへ
- Steinberg Cubase 日本で非常に多くのユーザーに使われているため、分からないことがあっても検索すればすぐに解決策が見つかるでしょう。この安心感は、特に初心者にとっては大きなメリットです。
- タイプ4:誰とも違う、自分だけの音を追求したい!「音の実験室」を求めるあなたへ
- Bitwig Studio もしあなたが、用意された音を使うだけでなく、音の鳴る仕組みそのものから自分だけのサウンドを作り上げたいという探求心を持っているなら、Bitwig Studioほど刺激的な相棒はいません。DAWの中で音の要素を自由に組み合わせ、自分だけのオリジナル楽器やエフェクトを作り上げることができます。他のDAWが「音楽スタジオ」だとしたら、Bitwig Studioはまさに「音の実験室」。あなたの知的好奇心と創造性を、無限に刺激してくれることでしょう。
ここでは詳しく触れませんでしたが、Macの方はLogic Proで良いと思います。アップデートが無料ですし。
私が今メインで使っているということでBitwigのところだけ熱量が入ってしまいましたが、迷って決められないという人は本当に見た目なんかで決めてしまってもOKです。悩んでいるよりもさっさと買って音楽制作を始めることをおすすめします。
ステップ2:ヘッドホンを選ぶ
DAWの次に必要なのは、作った音を正確に聴くための「耳」となるヘッドホンです。
密閉型?開放型?
音楽制作用のヘッドホンには、大きく分けて2つのタイプがあります。
- 密閉型: 音漏れが少ないのが特徴です。もし、マイクでボーカルや楽器を録音する可能性があるなら、ヘッドホンの音がマイクに入り込まないこのタイプが必須になります。録音も制作も1台でこなしたい、という方には経済的な選択肢です。
- 開放型: 自然で広がりのあるサウンドが鳴る傾向があります。長時間使っても疲れにくいモデルが多いので、じっくり音楽制作に集中したい人に向いています。
もし、マイクを使った録音をあまり考えず、純粋に楽曲制作のメイン機材として選ぶなら、個人的には「開放型」をおすすめします。多くの方が音が自然でスピーカーで聴いている感覚に近いと言っており、長時間の作業でも心地よく続けられる可能性が高いからです。
ヘッドホン選び、3つの哲学
1. スペックより、自分の頭に合うものを
一番大切なのは、あなたの頭や耳の形に合うかどうかです。こればっかりは、実際に試着してみないと分かりません。ぜひ一度楽器店に足を運び、フィット感を確かめてみてください。
2. 重さこそが一番の敵
次に重視すべきは「軽さ」です。どんなに音が良くても、重いヘッドホンを長時間着けていると首や肩が凝ってしまい、音楽制作どころではなくなってしまいます。
3. 完璧な1台より、複数の視点を持つ
まずは3万円程度までを目安にモニターヘッドホンを1台買い、それと普段あなたが音楽を聴いている数千円のイヤホンとを聴き比べてみましょう。「複数の視点」を持つことが、音楽制作の第一歩です。
3つの観点を紹介しましたが、1つ目と2つ目に関しては音楽制作のモチベーションに関わる部分です。音楽とは関係のない部分でストレスを抱えることのないよう、重視することをお勧めします。そんなところでストレスを抱えて音楽制作から遠ざかるようなことになったらもったいないです。
コラム:オーディオインターフェースは後回し?
「DAWの次はこれ!」と紹介されることもあるオーディオインターフェース。これは、マイクやギターの音をPCに綺麗に取り込んだり、PCの音をより高音質で出力したりするための機材です。
もちろん、あるに越したことはありません。しかし、もしあなたが「ボーカルや楽器は録音しない」「まずはDAW付属の音源だけで曲作りを始めたい」と考えているなら、今すぐ買う必要はありません。私は音楽制作を始めてから1年後くらいにオーディオインターフェースを購入しましたが、十分音楽制作を楽しむことができました。
まずはPCのイヤホンジャックからヘッドホンに繋いで始めてみましょう。それで物足りなくなったり、マイク録音をしたくなったりした時に、初めて購入を検討すれば十分です。焦らず、自分のペースでステップアップしていきましょう。
ステップ3:MIDIキーボードを選ぶ
いよいよ楽器っぽい機材の登場です。MIDIキーボードがあれば、マウスで音を一つ一つクリックする作業から解放され、音楽を直感的に生み出すことができます。
初心者にこそ勧めたい鍵盤数
「まずはコンパクトな25鍵モデルで」と勧める方もいるかもしれません。しかし、私はあえて最初の1台として49鍵以上の少しだけ大きいキーボードから始めることを強くおすすめします。
なぜなら、その方が曲全体の「見通し」を立てやすいからです。
鍵盤数が少ないと、低いベースの音と高いメロディの音を同時に確認するために、頻繁にボタンで音域を切り替える必要があり、初心者のうちは特に迷子になりがちです。左手でコードを押さえながら、右手でメロディを探す。この作曲の基本動作がスムーズに行えることこそ、上達への近道だと思います。
価格差よりも「持つこと」に価値がある
鍵盤のタッチ(弾き心地)については、最初の1台ではそこまで神経質になる必要はありません。それよりも、楽器店で実際に触れてみて「これなら弾きやすいな」と感じられるかどうかが大切です。MIDIキーボードは、高価なものと安価なものの性能差よりも、「持っているか、持っていないか」の差の方が圧倒的に大きいのです。
この「まずは持つこと」「49鍵以上」「シンプルな機能」というのを満たしていておすすめなのがM-AudioのKeystation 49 mk3です。手頃な価格でありながら、しっかりとしたサイズの49鍵を備え、音楽制作に必要な基本機能を網羅しています。まさに「最初の相棒」として、申し分のない一台です。私もこのキーボードから音楽制作を始めました。
ステップアップ:制作効率が爆上がりする「外部ディスプレイ」
最後に、音楽を「作る」ための機材ではありませんが、その制作効率を劇的に向上させるための投資をご紹介します。それは、外部ディスプレイです。
最大のメリットは、DAWの画面と、YouTubeなどのチュートリアル動画、ブログ記事を同時に見られること。これに尽きます。
初心者のうちは、分からないことをその都度調べるのが基本です。その度にDAWとブラウザの画面を切り替えるストレスは、アイデアを途切れさせ、やる気を削ぐ、継続の大きな壁になり得ます。外部ディスプレイは、その壁を取り払ってくれる最も強力な味方なのです。(正直に言うと、私自身も今だに常にブラウザとDAWを2画面に広げて作業しています。)
幸い、この「ながら作業」を快適にするためのディスプレイは、高価なものである必要はありません。1万円台で買える24インチ、フルHDのもので十分です。DTMでは映像制作ほどシビアな色の再現性は求められませんし、まずはこの「2画面の快適さ」を手に入れることが、あなたの音楽制作を大きく前進させてくれるはずです。
まとめ
ここまで、DTM機材の選び方についてお話ししてきました。
初心者にとって大切なのは、スペック表の数字を追いかけることではありません。あなたの創作意欲を掻き立て、毎日触りたくなるような、最高の「相棒」を見つけることです。そのことが音楽制作を継続することに繋がるでしょう。
この記事が、あなたの素晴らしい音楽制作ライフの第一歩となれば、これほど嬉しいことはありません。
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